|
|
|
| |
|

たびたび登場する。
江戸一(はじめ)が山田太郎、三田明らと浅草に上陸した雷牙がミサイル攻撃を受けているの見て、
「かっこいいなぁ〜あの怪獣」と言うシーンでも登場する。
正式名称は風雷神門(ふうらいじんもん)といい浅草の顔としても全国的に有名である。
鎌倉時代以降現在地に移築された際、風神・雷神が初めて奉安されたといわれる。
風水害や火災からの除難を目的として2神が奉られたものであったが、
天下泰平、五穀豊穣の祈願も込められるようになった。
田原町大火で1度炎上しているので、
現在の門は1960年松下電器創始者松下幸之助氏のご寄進により復興再建された。
|
|

浅草寺地下台東防衛隊本部が設置される場所である。
台東防衛隊はミサイル搭載F-16ジェット戦闘機、「金龍」「銀龍」「風神」「雷神」戦車大隊他、
秘密兵器にハイパーエイパム弾搭載ダイヤモンドチタン合金装甲超大型戦車「神風」、
超秘密兵器にクラスター爆弾搭載F-177ステルス攻撃機まで保有している。
観音堂とも呼ばれる。1958年10月に再建され屋根の急勾配が特徴。
内陣中央の御宮殿上段の間にご秘仏本尊聖観世音菩薩、
下段の間に慈覚大師作のお前立ご本尊、
左右には梵天、帝釈天、内陣奥に不動明王、愛染明王が奉られている。
2009年2月から2010年11月末までは平成本堂大営繕として改修工事中だが、
平常通り参拝は可能。
屋根は軽量、高耐久のチタン成型瓦に葺き替えられる。
|
|

江戸一(はじめ)が3人の娘達を避難させ、
恋人・ますみと落ち合う場所であるが、
浅草キャンディーズ(らん・すー・みき)の襲撃で2人の仲は・・・。
本堂の東南、弁天山と呼ばれる小高い丘に建つお堂。
弁天様は白髪のため「老女弁財天」と呼ばれ、
「江の島」(神奈川県藤沢市)「布施」(千葉県柏市)とともに関東3大弁天のひとつに数えられる。
お堂に向って右手前の鐘楼の鐘は1692年5代将軍徳川綱吉の命により、
下総国関宿藩主牧野成貞が金200両を寄進、改鋳されたもので、
江戸時代の「時の鐘」のひとつである。
|
|

雷牙が初めて海から上陸する場所である。
雷牙は東京湾から隅田川を進み浅草にやってくるが、
黄色い物体に興味を持ったのか、
オブジェを尻尾で叩き飛ばすという派手なパフォーマンスを見せる。
水上バスの旅では東京湾や隅田川からの360度パノラマビューを体感できる。
運行ラインは5種類あり、
浅草発の隅田川ラインは浜離宮経由、日の出桟橋行の隅田川めぐりを堪能できる約40分の船の旅が楽しめる。
浅草・お台場直通ラインでは、
松本零士氏がティアドロップをイメージ・コンセプトにデザインした宇宙船のような「ヒミコ」が運航し「銀河鉄道999」を体験できる。
|
|

楽屋で馬風、正朝、玉の輔、ぽっぽ、はな平が雑談している時、
無残にも雷牙の餌食になる。ミニチュアでも登場する。
社団法人落語協会会長・鈴々舎馬風師匠直々にご出演いただき、
劇中では落語まで拝聴できるといううれしいサービス付きである。
1964年「浅草フランス座」を増築し4階と5階に開業した後、
1971年1階に移る。
鈴本演芸場(上野)、新宿末廣亭、池袋演芸場と並ぶ都内に4軒ある「寄席」で「落語定席」のひとつ。
落語を中心に色物(漫才、漫談、奇術、太神楽、他)などほぼ年中無休で演芸を行なう場所。
上席1〜10日 、中席1日〜20日 、下席21〜30日と10日ごとに演者を入れ替え、
通常は昼の部と夜の部に分かれ演者も異なる。
演芸の最後は落語、演者は真打の落語家でトリまたは主任と呼ばれる。
|
|

レポーター、ランディ・マッスルが、
捕鯨船に酔っ払いおじさんの取材にやってきただけなのに、
逃げ遅れて雷牙に踏み潰されてしまうのがこの店の前。
浅草にある鯨料理専門の居酒屋。「鯨(ゲイ)を喰って芸を磨け!!」
浅草で活躍する芸人さんが集まる店としても有名で、浅草の芸人に聞けばこの店を知らない人はいない。
壁一面にぎっしりと詰まった著名人のサインがこの店の歴史を物語っている。
浅草にゆかりのある萩本欽一氏やビートたけし氏も、まだ無名だった頃足繁く通っていたというのは有名な話である。
|
|

雷牙Tシャツを無許可販売しボロ儲けした江戸一、祭、ひばり、あかりの江戸親子と
山田太郎、三田明、渡辺和夫、篠宮涼子が仲良く焼肉を食べるシーンで登場する。
ちょうど撮影時間が夕方の空腹時にあたり大量のカルビが胃袋の中に消えた。
浅草にある焼肉店。「カルビのおいしい店」
焼肉店密集地は戦後から浅草にも集中しており、その一角にある落語家にも人気の店。
監督、林家しん平がかなり若かった頃、林家こん平師匠に連れられて来たのが最初で、
それ以来たびたび訪れているらしい。
焼肉は肉を焼いて食べるという基本的な調理法であるが、
大福園のタレに漬けて揉んだとても柔らかいカルビは一度食べたら忘れられない絶品。
|
|

江戸一、山田太郎、三田明が夜の仲見世を歩いている時突然雷が落ちるが、
雷が直撃した場所である。
浅草、吾妻橋近くにあったライスカレーの店。
現在は業態を立ち飲み「羽ネルヤ」と替え営業しているため、
カレー食堂マドラスとしての最後の看板をこの作品に残すことになる。
浅草ロケでは、キャスト・スタッフも休憩時間にここでカレーを食べ、
過酷な撮影スケジュールの中で貴重な休息ができた。
|
|

雷牙が最初に上陸してから2ヵ月後には復興、
無許可露天商をなりわいとする江戸一が娘の祭、ひばり、あかり3姉妹と雷牙Tシャツを無許可販売しボロ儲けするのがこの店の前。
厳しい撮影許可は受けているので念のため。
扇ひとすじ、舞扇専門店。
雷門をくぐり仲見世に入り初めての角を左に曲がった雷門柳小路の角に位置し、
歌舞伎界、各流派の舞踊界、落語界などの人々にも贔屓の店。
オリジナル品から注文品まで多数取り揃え、日本全国から海外まで絶大な人気を誇る。
|
|

江戸一、山田太郎、三田明が雷牙上陸寸前に、世にも恐ろしい臭いを感じる場所がこの店の前。
怪獣には臭いがあり、海から上がってきた海獣となるとその臭いは計り知れない。
台東区浅草1丁目1番1号にある明治時代創業のバー。
下町の社交場として、時代を超えて愛され続ける老舗バーである。
創業者秘伝、琥珀色のカクテル「デンキブラン」が有名で、
名称のデンキは電気が珍しい明治時代、目新しいものを「電気…」などと呼んだことから、
ブランはカクテルのベースになっているブランデーからとった。
|
|

江戸一、山田太郎、三田明が雷門=特等席で、のんきに雷牙見物している時、
雷門前の歩道に機銃が着弾し、
最期をとげる瞬間と勝手に思い込み「来集軒のラーメン」と江戸一がつぶやくが、
全員腰を抜かしただけである。
浅草にある昭和20年代創業の老舗ラーメン店。
店の壁に飾られたサイン色紙が落語家にも人気の店であることを物語っている。
初代林家三平師匠もこよなく愛し、監督、林家しん平が30年以上前の前座時代におしえられた店で、
昔から変わらない味は初代林家三平師匠との想い出の店でもある。
監督、林家しん平もたびたび訪れては、想い出に浸りながら大テーブルの角で大盛りラーメンを食べている。
|
|

江戸一、山田太郎、三田明が雷門=特等席で、のんきに
雷牙見物している時、雷門前の歩道に機銃が着弾し、最期
をとげる瞬間と勝手に思い込み「セキネの肉まん」と三田
明がつぶやくが、全員腰を抜かしただけである。
浅草にある伝統の味を守るシュウマイと肉まん、あんまん
の店。小腹がすいたら手軽にテイクアウトしたり、お土産
としても喜ばれる。肉まんの具は豚の挽き肉などでコロコ
ロと一塊になっていて、皮と具の間に空洞があるのが特徴。
肉汁もたっぷりで他の肉まんとは全く違うため、最初に食
べた時には誰もが驚く。肉まんは近畿地方では肉といえば
一般的に牛肉を指すため、豚まんと呼ばれることがある。
|
|

江戸一、山田太郎、三田明が雷門=特等席で、のんきに
雷牙見物している時、雷門前の歩道に機銃が着弾し、最期
をとげる瞬間と勝手に思い込み「ぱいちのシチュー」と山
田太郎がつぶやくが、全員腰を抜かしただけである。
浅草にある昭和11年創業の老舗洋食店。監督、林家しん平が
かなり若かった頃、林家こん平師匠におしえられた店で、洋
食の修行を積んだ先々代のご主人が1杯飲み屋として開いたの
が始まり。ハヤシライスが評判となり、名物ビーフシチュー
を2代目ご主人が作り出した。ご飯に合う味わいで、3代目ご
主人もその味をしっかり守り続けている。他にも手間暇を惜
しまないシチューが看板でメニューも豊富。
|